社交ダンスってご存知ですか?

 うん、知ってるよ。テレビで芸能人がダンス競技会で踊っているあれでしょう。以前、シャルウイダンスっていう番組で、ダンスの未経験者が短期間で特訓を受けてプロの先生と上手に踊っていたよね。
 多くの人が、あれが社交ダンスと思っているようですが、大きな誤解です。
 ダンス競技会で踊るダンスは、“競技ダンス”といいます。また、プロの先生と踊っているダンスは“デモンストレーションダンス”といいます。どちらも、決まった相手と、決まった振付で踊るダンスです。
 “競技ダンス”も“デモンストレーションダンス”も、広い意味での社交ダンスには含まれますが、本当の“社交ダンス”は誰とでも踊れて、しかも振付が決まっていません。
 振付が決まっていないのに、知らない人と、いきなり踊れるの?と不思議に思うでしょう。それが踊れるのです。その不思議な“社交ダンス”の世界をご紹介します。


 全国各地の公民館やスポーツセンターでは、毎週のように社交ダンスパーティーが開催され、何十人もの男女が踊っています。
 そこでは、初心者から熟練者まで様々なダンス愛好家が参加しています。カップルで参加する人もいれば、一人で参加する人、グループで参加する人など様々です。知り合いの人もいれば、知らない人もたくさんいます。これらの人たちが、お互いに色んな人と実に楽しそうに踊っています。参加費も500円〜1000円くらいで、半日楽しめるのです。
 ダンスパーティーでは、ワルツ、タンゴ、ルンバ、チャチャチャ、サンバ、スローフォックストロット、クイックステップ、ジャイブ等、色んな種目のダンス音楽が掛かります。これらの種目のダンスを、実際に、知らない人同士が、臨機応変の振付で、踊っているのです。

 なぜ、知らない人同士が、臨機応変の振付で踊れるのでしょうか。
 例えば、ワルツという種目を例にとって説明します。
 ワルツは、3拍子の音楽に合わせて、踊ります。1小節3拍の間に、基本的に3歩歩きます。3歩の間に前進したり、後退したり、右に行ったり、左に行ったり、右回りに回転したり、左回りに回転したりします。
 例えば、ナチュラルターンという3歩の動きがあります。男子は、1歩目で右足前進しながら右回転し、2歩目で左足横へ出し、3歩目で右足を左足に揃えます。女子は、1歩目で左足後退しながら右回転し、2歩目で右足横へ出し、3歩目で左足を右足に揃えます。これで1つの型(フィガーといいます)になります。
 このようなフィガーが、ワルツには何十通りもあります。ワルツの音楽が1曲かかっている間に、この何十通りものフィガーを色んな順序で次々に組み合わせて踊っていきます。
 1つのフィガーの次に、繋ぐことができるのは、何十通りものなかの数通りのフィガーです。その数通りの中から1つを選びながら次々とフィガーを繋いでいくのです。

 社交ダンスでは、フィガーをどのような順序で繋いでいくかを決めるのは、男性の役目です。男性は、常に、どのような順序でフィガーを繋ぐかを考えながら踊ります。その繋ぎ方は、今、フロアーのどの位置に、どちらを向いて踊っているか、他のカップルとぶつからないか、相手の女性はどの程度踊れる人かなどを考えながら、臨機応変にフィガーを選んで繋いでいきます。
 そして、女性は、相手の男性が組み立てるフィガーの順序に従って踊っていきます。

 しかし、女性は、フィガーの順序が予め分かっている訳ではないのに、なぜ、まるでフィガーの順序が分かっているかのように、男性と一体になって踊っていくことができるのでしょうか。
 あるフィガーから次のフィガーに繋ぐとき、男性は、滑らかにフィガーを繋ぐことによって、その繋ぎ方特有の動きが生まれます。この動きは、微かな体の重心の移動であったり、体の回転であったり、傾きであったりしますが、女性は、男性のこの微かな体の動きを敏感に感じ取って次のフィガーを予測し、そのフィガーを踊ることによって、男性と一体の動きができるのです。男性も女性も、熟練すれば、無意識にこれができるようになります。

 では、どのようにして相手の動きを感じ取るのでしょうか。
 社交ダンスの種目は大きく分けて、ワルツやタンゴのように男女が向き合ってホールドして踊るスタンダードの種目と、ルンバやチャチャチャのように主に片手同士を繋いで踊るラテンの種目とに分かれます。
 スタンダードのホールドは、男性の左手と女性の右手を繋ぎ、右ボディー同士を軽く接触させ、男性の右手は女性の背中に軽く当て、女性の左手は男性の右上腕に軽く当てます。これらの接点を通して、互いに相手の動きを感じ取ります。
 ラテンでは、男性の左手と女性の右手を繋ぎ、この接点を通して、互いに相手の動きを感じ取ります。

 スタンダードでもラテンでも、体の筋肉に適度な張りと弾力を持たせることにより、これらの接点が自分の体の芯にしっかりと繋がります。その結果、相手のわずかな体の動きも、敏感に感じ取れるようになります。
 女性は、このような相手との接点を通して、次のフィガーを感じ取れるため、男性が次々と組み立てていくフィガー通りに動くことができます。
 男性は、自分のイメージ通りに動いてもらうために、女性を押したり、引いたり、回したりというような力を加える必要はありません。車のパワーステアリングが、軽くハンドル操作をするだけで、何トンもの車体を自由自在に動かすことができるのと似ています。本当に熟練した女性と踊ると、男性の微かな動きを感じ取って自分で動いてくれるため、まるで空気と踊っているように、何の抵抗も感じられません。

 しかし、本当は、相手の体の動きを感じて動くだけでは、微妙にタイミングのずれが生じ、その結果、少し抵抗が生じてしまいます。このタイミングのずれを調整してくれるのが音楽です。二人は同じ音楽を聴いているため、これに合わせることによって、二人の動きのずれはなくなり、一体になって踊れるのです。
 二人が快い音楽に包まれ、互いに微かに触れ合いながら一体になって踊るとき、男女とも、至福の快感を覚えます。

 男性は、ハンモックに例えられます。特に、ワルツやスローフォックストロットの踊りでは、時にゆったりと、時に激しく揺れます。女性は、ハンモックに心地よく揺られ夢見心地になります。男性は、まるで自分の体の一部のように、ぴったりと寄り添って動いてくれる女性を感じて快い気持ちになります。これが、社交ダンスの醍醐味です。

 このような、社交ダンスの醍醐味を味わえるようになるには、男性は、状況に応じて自在にフィガーを組み立てていける即応力、しっかりと張りのあるボディー、音楽を体感できる感性が必要であり、女性は、相手の動きを素早く感じる研ぎ澄まされた感性、男性の動きに合わせて動ける身体力が必要ですが、何よりも大切なことは、男女とも、相手に対する思いやりの気持ちです。相手を思いやって踊るだけで、踊りが変わってきます。そして、相手にもそれが伝わります。また、見た目にも一体感が増して美しく見えます。

 相手を思いやりながら、心地よい音楽に合わせ一体となって気持ちよく踊る、これが本当の“社交ダンス”なのです。

奈良県ダンススポーツ連盟  佐野 信哉